ぱいおつ日記

ぱいおつは終わりました。

フェルマーの最終定理の多項式バージョン

こんにちは,ぱいです.

 

突然ですが,今日,10 月 7 日は何の日か知っていますか?

そうです,みなさんよく知っている通り,今日はフェルマーの最終定理の証明が発表された日です.

1994 年の今日,10 月 7 日に,アンドリュー・ワイルズフェルマーの最終定理の証明を発表しました.

 

フェルマーの最終定理とは,

$3$ 以上の整数 $n$ に対して,\begin{eqnarray}x^{n}+y^{n}=z^{n}\end{eqnarray}をみたすような正の整数 $x,\ y,\ z$ は存在しない

というものです.

 

たとえば $n=1$ の場合とかを考えてみると,$x+y=z$ をみたすような正の整数 $x,\ y,\ z$ は明らかに無数に存在しますね.

 

$n=2$ の場合は,ピタゴラスの定理で,各辺の長さが整数であるような直角三角形は存在するかという問題になりますが,たとえば辺の長さが $3,\ 4,\ 5$ の直角三角形が存在します.

ほかにもこのような直角三角形は存在するのかというのが気になると思いますが,じつはこのような直角三角形で相似でないものは無数に存在することが知られています.

 

$n=1,\ 2$ の場合は $x^{n}+y^{n}=z^{n}$ をみたす正の整数 $x,\ y,\ z$ は無数に存在するのに,$n\geq 3$ になると急にそういう正の整数は存在しなくなるなんて,ビックリですよね.

フェルマーはこの定理について17世紀に,本の余白に,「真におどろくべき証明を発見したが,それを書くにはこの余白は狭すぎる」とだけ書き残しました.

それ以来数々の数学者たちがこの問題に挑戦しましたが,ワイルズ氏が証明を発表するまで300年以上もの間その証明は謎に包まれたままでした.

ワイルズ氏の証明はめっっっちゃめちゃ難しくてボクには1ミリも分からないので,今日はこの定理の多項式環バージョンのヤツの話を書きます.

 

定理1. $k$ は標数 $0$ の体として $k[X]$ を考える.$n\geq 3$ に対して,\begin{eqnarray}f^{n}+g^{n}=h^{n}\end{eqnarray}の解 $f,\ g,\ h\in k[X]$ は自明なものしか存在しない.

ただし $f,\ g,\ h$ が自明な解であるとは,それらがある共通の多項式の定数倍であることをいう.

 

 

定理1を証明する前に,なぜ急に $k[X]$ とかを考え始めたのかを説明しておきます.

 

$k[X]$ とは $X$ を不定元とする $k$ 係数の多項式全体の集合,つまり\begin{eqnarray}k[X]:=\{a_{n}X^{n}+a_{n-1}X^{n-1}+\cdots +a_{1}X+a_{0}\mid a_{0},\ a_{1},\cdots,\ a_{n}\in k,\ n\in\mathbb{N}\}\end{eqnarray}のことで,$k$ 上の多項式環と呼ばれます.

$f=a_{n}X^{n}+\cdots+a_{1}X+a_{0}\in k[X]$ で $a_{n}\neq 0$ のとき,$f$ の次数は $n$ であるといい $\deg f=n$ と記します.

$k[X]$ は整数全体の集合 $\mathbb{Z}$ とよく似たいろいろな性質を持っています.

 

まず,$k[X]$ は普通の足し算と掛け算で環をなします.

つまり,和や積で閉じていて,結合法則や分配法則が成り立ちます.また,加法,乗法の単位元はそれぞれ $0,\ 1$ で,加法については各元に対して逆元が存在します.(乗法については逆元があるとは限りません.たとえば $X$ の逆元は存在しません.)

 

 また,$k[X]$ において余りのある割り算が実行できます.

つまり,任意の $f,\ g\in k[X]$ に対して次のようなある $q,\ r\in k[X]$ が存在します;\begin{eqnarray}f=gq+r,\ \deg r<\deg g\end{eqnarray}

 

$k[X]$ において,ある元の倍数のようなものを考えることができます.

つまり,$f,\ g\in k[X]$ がある $h\in k[X]$ で $f=gh$ をみたすとき,$f$ は $g$ の倍元であるといいます.

$g$ の倍元全体のなす集合を $(g)$ と記します.つまり\begin{eqnarray}(g):=\{gh\mid h\in k[X]\}\end{eqnarray}で,これを $g$ の生成するイデアルといいます.

 

そして,$k[X]$ において素数のようなものも考えることができます.

$f\in k[X]\setminus k$ が最高次の係数が $1$ でどの $g,\ h\in k[X]\setminus k$ でも $f=gh$ と表せないとき,$f$ は $k[X]$ の素元であるといいます.

整数が一意に素因数分解できたように,$k$ 上の多項式も一意に素元分解できることが知られています.

$f\in k[X]$ が $\varepsilon\in k\setminus\{0\}$ と素元 $p_{1},\cdots,\ p_{n}\in k[X]$,正整数 $e_{1},\cdots,\ e_{n}$ を用いて $f=\varepsilon p_{1}^{e_{1}}\cdots p_{n}^{e_{n}}$ と表されるとき,\begin{eqnarray}\mathrm{rad}f:=\varepsilon p_{1}\cdots p_{n}\end{eqnarray} を $f$ の根基といいます.

 

このように.多項式環は整数とよく似た性質をもっています.

 

 

定理1を証明するために ABC 定理と呼ばれる次の定理を使うと便利です.

 

定理2.(ABC 定理)

$A,\ B,\ C\in k[X]$ はすべてが定数ではなく,どれも互いに素で,$A+B=C$ をみたすとする.このとき,$D=AB'-A'B$ とおくと\begin{eqnarray}\max\{\deg A,\ \deg B,\ \deg C\}+\deg D<\deg ABC\leq\deg D+\deg\mathrm{rad}ABC\end{eqnarray}が成り立つ.よって,特に\begin{eqnarray}\max\{\deg A,\ \deg B,\ \deg C\}<\deg\mathrm{rad}ABC\end{eqnarray}が成り立つ.

 

上に出てきた記号 $'$ は形式的微分を表します.つまり,\begin{eqnarray}f=a_{n}X^{n}+a_{n-1}+\cdots+a_{1}X+a_{0}\in k[X]\end{eqnarray}に対して\begin{eqnarray}f':=na_{n}X^{n-1}+(n-1)a_{n-1}X^{n-2}+\cdots+a_{2}X+a_{1}\end{eqnarray}を $f$ の形式的微分といいます.

 

形式的微分は,中学校や高校で習った普通の微分と似たような基本的な性質が成り立ちます.

つまり,$f,g\in k[X]$ について次が成り立ちます.

・$f'=0\ \Leftrightarrow\ f\in k$.

・$f$ が定数でなければ,$\deg f'=\deg f-1$.

・$(af+bg)'=af'+bg'\ (a,\ b\in k)$.

・$(fg)'=f'g+fg'$.

また,上の性質から次のような性質も導かれます.

・$g\in(f^{n})\ \Rightarrow\ g'\in(f^{n-1})$.

・$fg'=f'g\ \Leftrightarrow\ f$ は $g$ の定数倍.

 

ABC 定理を証明するために補題を用意しておきます.

 

補題3.$A,\ B,\ C\in k[X]$ はすべてが定数ではなく,どれも互いに素で,$A+B=C$ をみたすとする.このとき,$D:=AB'-A'B$ とすると,\begin{eqnarray}D\neq0\end{eqnarray}が成り立つ.また,$\displaystyle A_{1}:=\frac{A}{\mathrm{rad}A},\ B_{1}:=\frac{B}{\mathrm{rad}B},\ C_{1}:=\frac{C}{\mathrm{rad}C}$ とおくと\begin{eqnarray}D\in(A_{1})\cap(B_{1})\cap(C_{1})=(A_{1}B_{1}C_{1})\end{eqnarray}が成り立つ.

 

(証明)

$D\neq 0$ は,さっきの形式的微分の性質の最後のやつから従う.

また,さっきの形式的微分の最後から2番目のやつから $D\in(A_{1})$ も従う.

$D=AC'-A'C=CB'-C'B$ だから,同様に $D\in(B_{1})$ と $D\in(C_{1})$ も従う. $■$

 

(定理2の証明)

まず1つめの不等号を示す.

$D=AB'-A'B$ より\begin{eqnarray}\deg D&\leq&\deg A+\deg B -1\\ &\leq&\deg AB-1\end{eqnarray}なので,\begin{eqnarray}\deg C+\deg D&\leq&\deg C+\deg AB-1\\&<&\deg ABC\end{eqnarray}が成り立つ.$D=AC'-A'C=CB'-C'B$ より同様に\begin{eqnarray}deg{A}+\deg D&<&\deg ABC\\ \deg B+\deg D&<&\deg ABC\end{eqnarray}も成り立つ.よって\begin{eqnarray}\max\{\deg A,\ \deg B,\ \deg C\}+\deg D<\deg ABC\end{eqnarray}が成り立つ.

次に2つめの不等号を示す.

補題3よりある $E\in k[X]$ で $D=EA_{1}B_{1}C_{1}$ と表せるので,$A,\ B,\ C$ がどれも互いに素であることに注意して\begin{eqnarray}\displaystyle D=\frac{EABC}{\mathrm{rad}ABC}\end{eqnarray}つまり\begin{eqnarray}D\mathrm{rad}ABC=EABC\end{eqnarray}が成り立つ.よって\begin{eqnarray}\deg D+\deg\mathrm{rad}ABC=\deg E+\deg ABC\end{eqnarray}が成り立ち,\begin{eqnarray}\deg D+\deg\mathrm{rad}ABC\geq\deg ABC\end{eqnarray}が成り立つ. $■$

 

 

さて,いよいよ定理1を証明します.背理法を使います.

 

(定理1の証明)

非自明な解 $f,\ g,\ h\in k[X]$ が存在すると仮定する.

$A=f^{n},\ B=g^{n},\ C=h^{n}$ とおくと,この $A,\ B,\ C$ は ABC 定理の仮定をみたすので,\begin{eqnarray}\max\{\deg A,\ \deg B,\ \deg C\}<\deg\mathrm{rad}ABC\end{eqnarray}が成り立つ.ここで,\begin{eqnarray}\deg\mathrm{rad}ABC&=&\deg\mathrm{rad}f^{n}g^{n}h^{n}\\ &\leq&\deg fgh\\ &=&\deg f+\deg g+\deg h\end{eqnarray}なので,\begin{eqnarray}\max\{n\deg f,\ n\deg g,\ n\deg h\}<\deg f+\deg g+\deg h\end{eqnarray}が成り立つ.よって\begin{eqnarray}n\deg f&<&\deg f+\deg g+\deg h\\ n\deg g&<&\deg f+\deg g+\deg h\\ n\deg h&<&\deg f+\deg g+\deg h\end{eqnarray}が成り立ち,これらの辺々を足して\begin{eqnarray}n(\deg f+\deg g+\deg h)<3(\deg f+\deg g+\deg h)\end{eqnarray}つまり\begin{eqnarray}n<3\end{eqnarray}が成り立つ.ところがこれは $n\geq 3$ と矛盾する.

よって,非自明な解 $f,\ g,\ h\in k[X]$ は存在しない. $■$

 

 

整数の場合にも定理2と似たような abc 予想というものがあり,それを使うと十分大きな $n$ に対してフェルマーの最終定理が証明できるらしいです.

abc 予想は 2012 年に京大の望月先生が証明を発表したけどめちゃめちゃ難しくて,多分まだ検証中らしいです.(あんまり詳しくないのであんまりよく知らないけど.)

 

整数だとめちゃめちゃ難しいのに多項式環だとわりと簡単なの,なんだか面白いですね.

おしまい.